平成24年08月28日 文教科学委員会

○橋本聖子君 おはようございます。自民党の橋本聖子でございます。
 この一般質疑に際しまして、今回のロンドン・オリンピック、第三十回目となりましたけれども、野上委員長を始め委員の皆様方に大変な深い御理解をいただき、まして派遣をしていただきましたこと、副団長としてロンドンに赴かせていただきましたことに改めて感謝を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。
 また、平野大臣、奥村副大臣、そして城井政務官におかれましては、大変お忙しい国会日程にもかかわらず現地ロンドンに来ていただきまして、選手の激励はもとより、二〇二〇年東京オリンピック招致活動に全力を尽くしていただきましたことを改めて感謝を申し上げたいと思います。また、森口事務次官始め文科省の皆様方にも精力的に現地で活動をしていただきました。この件につきましても感謝を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。
 今回、七月二十七日から八月十二日まで、十七日間にわたりましてオリンピックが開催されました。一八九六年、アテネ大会が第一回近代オリンピックのスタートであり、今年はその三十回目となる節目の大会でありました。そして、もう一つ、日本のオリンピック史上におきまして大変歴史的な節目を迎える年でもありました。それは、第一回、嘉納治五郎先生を団長として初めてオリンピックに行ったときから、今年のロンドン大会でちょうど百年という節目の年を迎えることができたからです。昨年はスポーツ基本法を通していただいたこと、オリンピック委員会、そして日本体育協会が昨年百周年を迎えるという記念すべき年でありました。その最初のオリンピックに今回史上初の三十八個のメダルを獲得をさせていただいたということに改めて感謝を申し上げたいと思います。
 今回は二百四の国と地域から一万人を超える選手が集っておりました。その中で今回とても印象的だったのは、今まで女性が参加することができなかったサウジアラビアを始めとする三か国が、今回初めて参加できるようになったことが印象的でした。今回のテーマの一つでありましたジェンダーフリーで、全ての国と地域、二百四か国から女性の選手が出場を果たすことができたことは、女性の環境整備や、スポーツというものを人生の一つの過程においてどのように生き方としてスポーツを位置付けていくかということを、ずっと長く世界女性スポーツ会議を始めとして、御尽力をいただいた成果ではないかと考えます。
 また、半分以上の国が女性を旗手として入場行進をした開会式もとても印象的だったなと思いますし、また、チーム・ジャパンといたしましても、多くの皆さんから言われるのは、女性の活躍が目立ったねということでありました。もちろん男性のアスリートも頑張ってはいるわけですけれども、そういったことにおいては、今回のロンドン・オリンピックというのは、女性というものを更に魅力ある、そしてスポーツの良さを引き出していくために、女性の生き方という観点からスポーツをとらえていたテーマというものが非常に良かったのではないかなと思いました。
 今回、二百九十三名の選手を送り込むことができたわけでありますけれども、金七個、銀十四個、銅十七個、計三十八個のメダルを持ち帰ってきました。出だしの部分におきまして金メダルが非常に少なかったものですから、少し心配をされたファンの方たちがいて、私たち役員も少し緊張ぎみでありました。非常に期待を持っていただいている柔道で金が少なかった点は、大変これから課題を残したというふうに言われておりますけれども、私自身もスポーツをやってきまして、非常に難しいと思うのは、金メダルの実力を持っていながら金メダルを取るということが、一番メダルの取り方としては難しいと感じます。
 銀、銅、それぞれのメダルの重みというのはありますけれども、やはり授かったメダル、あるいは明日へのメダル、そして取りに行ったメダル、いろんなメダルの価値があり、そのオリンピックのメダルを授かったアスリートたちが、全ての過去のいろいろな頑張りというものをそのメダルに置き換えながら、金の価値をどうやってその後のアスリート人生の中で、生涯を懸けて輝きを金メダルにしていくのかということが非常に大切なことではないかと思いました。そういう意味では、今後いかに金メダルの実力のある選手にしっかりと金メダルを取らせていくかということ、これは国家を挙げて対策をしていかなければなかなかできないことではないかと考えます。
 今回、私自身も選手団の一員、副団長として選手村にずっと滞在をさせていただきましたので、国会で取り上げられた一つの開会式の件は、もう国会では出されないのかと思いますけれども、少し間違った観点でとらえられている先生方も中にはいらっしゃったようですので、実際に携わった人間として一言御報告をさせていただきます。
 毎回、オリンピックというのは、参加をすることに意義があるということはもちろんですけれども、いかに成果をしっかりとそれぞれの選手が上げていくかということも問われる貴重なオリンピックです。のため選手の体調を考えて、アーリーデパーチャー制度という、早くに退席をする制度が設けられております。今回も事前に調査がありまして、どういう選手が、どの人が、それぞれの選手団から何人ほどアーリーデパーチャー制度を利用して入場行進が終わったらすぐに退席をするのかという聞き取り調査がありました。
 ただ、毎回そうなのですけれども、直前に体調を壊したりですとか、あるいは直前に体調管理のために早く出るようになりましたということで、はっきりとした人数がその日にしか分からないんです。それによって、事前に人数がなかなか決められずに、現地のスタッフが、しっかりと入る人、出る人ということで誘導をするようになっています。
 開会式というのは、御存じのように、情報を漏らさないため、誰が最終点火者であるとか、あらゆる面で全てシャットアウトしているものですから、各国の選手団に対しても、どういう状況で入場行進をしていって、どこで退席をしてというようなことは一切言われないことになっています。その場の対応に任せています。
 それで、選手団は指示どおり入場していって、そして中にいる者、そしてほかの選手村、分村をしている選手もいましたので、全部の選手が退席をすることになっておりました。これは体調を考えてのことであったのですけれども、役員は残る予定でしたが、現地の職員、スタッフが間違って誘導してしまい、全員が出てしまいました。私たち役員も、ほかに通路があってまた戻ることができるのではないかということで一応その指示に全員が従って出たのですけれども、実は誤誘導でした。それで、役員はもう一度戻ろうかと考えたのですけれども、逆に開会式のスタッフを混乱させてしまうということもありまして、それを諦めて、明日にしっかりと備えようということで選手村に戻るという決断をしました。
 それ以後、なぜ抗議をしなかったのかと、いろいろご意見ありましたが、実際に組織委員会に次の日しっかりと指摘をさせていただきました。はっきり間違いであったということを現地スタッフは認めたわけであります。私たちもそれを納得した上で、選手は元々帰す予定だったものですから、それ以上の追及をすることなく、今後こういう不手際がないようにという指摘をさせていただきました。
 そして、もう一つ、残念だったことは、委員会でも先般質問がありましたけれども、インターネット上での情報だと思うのですけれども、被災地の子供たちが、結団式とそして壮行会のときに、現地の被災地の子供たちがそれぞれ瓦れきで作った手作りのお守りを、オリンピックマークを付けたお守りを作ってくれ、手一人一人に手渡しをしていただきました。選手はそのきずなによって更に団結力を深めて、今回のメダル三十八個に間違いなくつながっていました。それが、瓦れきのお守りを開会式のときに付けていたことによって、付けていたのは入場行進の時だけであとは出されたのではないかと質問があったようですが、それは、選手たちやスタッフを非常に侮辱をした考え方ではないかと思います。
 選手はそういうことは一つも思っていないですし、ましてや室伏選手は、被災地の子供たちが諦めないという日の丸に書いてくれたフラッグを、彼は競技場で持って走ってくれたわけであります。そして、主将や旗手も、被災地の子供たちに元気を届けるために私たちは金メダルを取らなければいけないという思いでありました。そういう子供たちの思いを受けて、そのお守りによって選手たちは一生懸命に頑張るという気持ちをいただきました。
 それを侮辱するような発言が今後国会で出されないように、開会式に来ていただいた大臣からも何とか、これからしっかりとした対応をしていくということは当然でありますけれども、被災地の子供たちに対して心ない一つのインターネット上でのことによって惑わされないでいただきたいと思いますので、改めてその件につきましては現地の情報として報告をさせていただきたいと思います。
 メダル三十八個の背景には、大変な思いで頑張ってくれた各NFの指導者始め選手はもちろんでありますけれども、すばらしい思いというものがあってこそだと思うのです。それにはやはりマルチサポートですとかあるいはサポートハウス、あらゆる科学技術や医科学情報、食の面や、ナショナルトレーニングセンター、そういうものを作っていただいたからこその成果だと思っております。
 その点について、今大会の選手の三十八個につながったメダル獲得の成果と、競技力向上をするために我が国のスポーツの予算を今後どのように考えていかれるのか、改めて大臣にお伺いしたいのありますけれども、最初にこちら側から少し言わせていただきたいのは、本体のJOCの予算が、今二十七億いただいておりますけれども、非常にそういう意味におきましては世界各国から見ると少ないのすね。特にスポーツ先進国から見て一人当たりに対する選手への日本の国からの予算というのは非常に少ないものがありまして、ほかの国から比べると日本のメダル獲得率というのは世界一ではないかとも言われているぐらい、まだまだ少ないものがあります。
 もっとそういう意味では日本のスポーツというのは伸び代があるのはないかという前向きな考え方も持てる今の状況でありますけれども、今後について大臣のお考えを聞かせていただきたいと思います。
 
 
○国務大臣(平野博文君) ありがとうございます。
 今、橋本聖子議員の方から、今回のロンドン・オリンピックに対して副団長としていろんな立場で活動いただきましたし、またサポートいただきました。その結果の帰趨として三十八個のメダルが私は取れたものと思っておりまして、心からお礼を申し上げたいと思います。
 私も、国会の許可をいただきまして、開会式に出席をさせていただきました。その中で、先ほど選手団が、ちょうど遠くからだったものですから、何で出ていったんだろうと、こういうふうに思いまして、また国会でも、帰ってくるときにその疑問符が出まして、今、聖子先生がおっしゃったような、詳細には答えられませんでしたけれども、事実確認をして事務方のミスであったと、こういうことを答弁をさせていただいたところでございます。
 今先生の方からるるございました。まさに私はそのとおりだと思いますし、選手の皆さんがこの日のために本当に厳しいトレーニングをして頑張ってこられた結果として取れたものだと思っておりますし、特に、メダルが三十八個、また八十種目において入賞したということについて私は心から高く評価をしたいと、かように思っています。
 そういう中にありまして、今議員から御指摘のように、今後どうしていくんだ、こういうことでございますし、私は、本人のトレーニングの結果の部分とやっぱり総合力でこのメダルができたんだろうと。その一つには、科学的な知見、あるいは選手のコンディションを、いかにモチベーションを高めていくかと、いろんなところが相乗効果を発揮しての結果であろうと思っておりまして、特にマルチサポートセンター・ハウス、このことについても、私もその現場に行かせていただきました。非常にやっぱり日本と違う環境の中で戦うわけでございますが、いかに日本でのコンディションを維持しながらどういうふうに守っていくかと、こういうことなんだろうと思っておりまして、今後やっぱりこのことについての充実を図っていくことも大事であろうと思います。
 二十七億という事業でございますが、これ、毎年増やしてまいりました。次に向けての部分として十分なる検証をしていただかなきゃなりませんが、その検証を踏まえて、そういうサポート体制を強化をしていく、そのための予算の獲得に努力をしてまいりたいと思っておりますし、加えて、今回の三十八個、八十種目において入賞したという大きな評価が国民に大きな勇気と感動を与えたと。
 特に銀座における平日のあのパレードというんでしょうか、五十万人の方があそこに声援を送ったと、こういうことでもございますし、これはまさに次へのステップに大きく私はつながってくると思いますし、私自身も、二〇二〇年の東京オリンピックの招致に向けて大きなステップアップになったものと確信をいたしておるところでございます。したがいまして、今後、そういう人材育成、スポーツ環境の整備をこれからも取り組んでいかなきゃならないと思っております。
 私は、開会式に行ったときに、もう一つの使命がございました。特に二〇二〇年の招致に向けてということで、各国のスポーツ大臣が集まる懇談会がございました。そこに、私は余り英語が得意ではありませんものですから、こういう名刺を渡して、プリーズ・サポート・トーキョー・オリンピック・トゥエンティートゥエンティーと、こういうことであらゆる大臣に名刺を渡した。これを渡せばもう日本だなということが分かるものですから、そういう活動をしてまいりました。
 これを通じて、これからもしっかり東京に向けて、また、今、橋本先生からありましたように、選手の強化策についても予算についてしっかりと取れるように頑張っていきたいと、かように思っておるところでございます。
 
 
○橋本聖子君 ありがとうございます。力強い御意見、本当にありがとうございます。
 大臣のお話にもありましたけれども、マルチサポート、これが大変充実をしてきているということ、有り難いと思います。
 ただ一方では、このマルチサポート事業は、大切なのですけれども、本体のJOCへの強化予算より上回っているのが現状です。例えばコーチですとかあるいは監督、そういったスタッフの充実というものを、今まではボランティアで各競技連盟が頑張っていました。そのことも含めると、やはり各国並みにしっかりとコーチや監督の身分を保障する、国が保障しながら、いかにそれぞれのNF、競技団体が力を発揮できるかということを考えていただきたいなと思います。
 今回、サポートハウスは、初めてだったのですけれども、大臣にも副大臣にも行っていただきましたけれども、オリンピックというのは、いかにケアをするかということが勝負なんです。酸素カプセルあるいは炭酸泉、低温浴、高温浴、メンタルの面のサポート、そして何よりも食のサポートでありました。あらゆる観点から、いかに免疫力が低下をしているかいないかということを唾液から検査をして、選手に対して風邪を引かないようにしっかりとした予防医療を施している、そういうサポートハウスがすばらしい効果を上げたのではないかなと思います。更にこういったことが拡充され、側に立ったサポート体制が整えられるように進めていただきたいなと考えます。
 今回のマルチサポートでのサポートハウス、そして同時に、もう一つの拠点づくりとしてジャパンハウスを設置をさせていただきました。国のオリンピック、二〇二〇年を最大の目標としていることもありまして、ロビー活動を始め日本の文化というものを提供することができるハウスをつくらせていただいたということは大変大きな意味があったと思います。このジャパンハウス、そしてサポートハウスについて、どのような成果があり、そして今後どのようにしていくのかということを、実際に見てこられた奥村副大臣にお聞きをしたいと思います。
 
 
○副大臣(奥村展三君) お答えいたします。
 橋本議員におかれましては、本当に、今大臣からお話のように、副団長として選手のリーダーシップを取っていただき、すばらしい成果を上げていただきましたことをまずもって感謝申し上げる次第でございます。
 マルチサポートセンターにつきましては、大臣もお話しのように、私はあのハウスをつくったことで一体感が出てきたのではないかなというように思います。やはり異国で、スポーツといえども、精神的な動揺というのは大変あると思うんです。そういうものを考えますと、あの場所は、選手たちも、寄って日本食、あるいはまた先ほどおっしゃいました炭酸泉のバスに入って体を癒やしたりマッサージを受けたり、いろんな医学の問題、いろんなことであのところに行かれて、やはりお互いに選手同士が顔を見合わせるごとに励まし合ってやっておられたという姿を想像するだけでもすばらしいセンターであったと思いますし、特に二階に柔道、あるいは、私が行ったときにはレスリングの吉田沙保里選手が練習されておったんですが、とことこと近づいてこられて、すばらしい、私も何回も世界大会だとかいろんなものに出ましたが、こういう施設をおつくりいただいてありがとうございますということを言っていただいて、私の方が感激したんですが、本当にああしたセンターをおつくりをいただいて選手たちを励ましたということは非常に良かったと思いますし、今後もああいう環境といいますか、そういう施設をしっかりサポートしていけるように努力をしていきたいと思います。
 そして、ジャパンハウスでございますが、これは大臣が帰国された後、私がその後、三十日にあそこでVIPのレセプションがあったんですが、橋本委員も御案内のとおり、約四十名近いIOCの方々がおいでをいただきました。特にリーディー・イギリス出身の世界バドミントン協会の会長が今度IOCの副会長になられたということで、私も親しくさせていただいて御挨拶をしたときに、やはり余り露骨なことは言えなかったんですが、次回は是非ひとつ、二〇二〇は日本にお願いしますよというようなことを通訳を通じて声を大にしていたんですが、本当に三十日のあのレセプションは相当私は意義があったと思います。
 シンガポール御出身の副会長がああした御挨拶もいただいて、本当に竹田会長を中心にあそこを拠点にして、特に市原さんが、専務理事が本部長としてあらゆる人を、そしてまた日本から応援に来られた方々、あそこでいろんなサポートをまたしていただいていたということで、延べ、お聞きすると四千人ぐらいの人があのジャパンハウスをお使いというか出入りをしていただいたということを仄聞したんですが、本当に私は意義があったと思います。
 やはり今後もああいうセンターを拠点にして、選手だけじゃなくて、あるいはまたそういう関係者だけじゃなくて、やっぱり応援に行っていただいた人だとか、あるいはその国の皆さん方が日本の文化なり、あるいはそういう選手たちと接していただける機会があって非常に良かったというように思いますし、今後もそういう大会等に通じて設置をすることが必要だというように感じたところでございます。
 
 
○橋本聖子君 大変ありがとうございます。
 今回は選手団、選手を中心とした選手団ではもちろんあるのですけれども、あらゆる点から全てが一致団結したチーム・ジャパン体制であったと改めて感じております。
 特に日本の精神、日本の気質、そういうものに合っているなと思ったのは、団体戦でありました。まさにチームワークであると感じました。体格や体力というのはどう考えても劣っているんだろうと思いますけれども、きずなというところから生まれた団結心、一つになるということがチームゲーム、ボールゲームをより輝きに導いてくれたのではないかと思います。やはり日本が得意とするのはそういったチームゲームやあるいはボールゲームではないかと思いますので、そういう点にも力を注いでいかなければいけないことだなと思いました。
 そしてもう一つ、一致団結をしていたのが、先ほど大臣もお話ししていただきました、八月二十日のパレードだったと思います。
 選手たちは、どのぐらい来るのだろうか、少なかったら恥ずかしいなと言っていた選手もいたのですけれども、五十万人という考えられない数の方々が見に来てくださいました。バスから乗って見ましたら、感動をありがとうというプラカードを持っている方が一番多かったです。選手たちは、一生懸命やっている姿だけで感動をありがとうと言われていることに、逆にバスの上から感動しておりました。
 そのことがまた更に私たちの力になったわけですけれども、パレードをしようと決めたのが大変遅かったのです。現地で、その発案者の一人でもあります鈴木寛先生に、いろいろご尽力をいただいて、大臣や副大臣にも、現地から国に対して言っていただいて、短時間の中でパレードの体制を整えていただきました。
 予算の面もいろいろあったのんですけど、まだ全部出ていませんけれども、約四千万以上かかったのではないかと思います。また連日のテレビ、あるいはマスコミ等メディアの発信を含めますと、銀座という東京で八十億円の経済効果、メディアに換算して百億円近い経済効果があったとされております。
 そして、世界のIOCの皆さんが、あの五十万人のパレードの上空写真を見て、すばらしいと言っていただきました。私たちは感動を逆にありがとうという気持ちや、メダル獲得をさせていただいたのは国民の皆さんの応援のおかげですという感謝の気持ちでパレードをしていましたので、そういった一つの思いが世界の方につながったということは、東京招致にもつながっていくことではないかなと大変感動したことであります。
 二〇二〇年、オリンピック・パラリンピックを招致するということは、これは日本を一つにするということであります。新たな日本づくりのために、いかに心豊かに、そして謙虚な姿勢で世界最先端を行く日本をつくり上げていくということにおいては、日本が一つになる目標をしっかりと持つべきだと思います。それは、やはりオリンピック、パラリンピックの力を利用するべきではないかなと思います。
 私たちは今オリンピック委員会で、第二弾といたしまして、是非選手のパレードを被災地でやらせていただけないかなと考え、やろうと思っているところであります。そういうことも含めて、二〇二〇年に向けて、スポーツを大いに利用していただいて、そして私たちがやるべきスポーツと同時に、社会貢献をやらせていただくことによって、人材育成がなされ、そしてこの国の力、礎になっていく教育につながるんだと信じております。
 一生懸命にまたオリンピック委員会としても頑張ってやりたいと思いますので、国を挙げてのサポート体制をお願いを申し上げたいと思います。
 お礼と報告を兼ねて質問に代えさせていただきました。
 ありがとうございました。
ページトップへ戻る