心育んだ手製リンク

2014/11/30 朝刊 スポートピア 通常版

フィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズとスピードスケートのワールドカップ(W杯)が開幕し、スキージャンプも今週末からW杯が始まる。ウィンタースポーツの季節が来ると、五輪選手だった時代だけではなく、スケートが好きでたまらなかった幼かった頃をよく思い出す。

毎年、校庭のスケートリンクで滑るのを心待ちにしていた。生まれ育った苫小牧市近郊の安平町早来には当時、室内リンクはなかった。子供たちが練習できるリンクは毎年、地域の人々が夜中までかかって造ってくれた。私も何度か見に行ったり、手伝ったりした。

冷え込みそうな晩を選んで学校に集まるのだが、当時は街灯もほとんどなく、月が出ていなければ真っ暗闇だった。そして、校庭に出た白い息を吐きながら大勢で雪を踏み固める。じっとしていると凍り付いてしまいそうな寒さだった。この寒さに耐えながら何度も水をまき、製氷してきれいに仕上げるのだ。寒さで目や鼻が痛かったが、夜空の中で焚き火にあたりながら談笑する声が今も耳に残っている。そして出来上がったリンクは粗末だったかもしれないが、とてもありがたくて神聖な場所だった。

速く上手に滑ることのできる年長者は、私たちにとって憧れのヒーローだった。彼らは年下の子供たちをよく指導してくれたが、一方で上下関係に厳しく、言葉遣いや挨拶がきちんとできなければ相手にもしてくれなかった。だから、私にとってスケートリンクは体を鍛えて技術を磨くだけの練習場ではなく、人間形成の場でもあった。

大人になって振り返ると、子供の頃に教えられたことには意味がよくわからないままに身についたものもある。一つの教えに対する理解は年齢や生活環境によって変化し、年々深くなる。誰もが道に迷った時に立ち返るべき心の拠りどころを持っている。私の場合、あの校庭のリンクは人生の出発点であり、それは不便で粗末な屋外のリンクだったからこそなのではないかと思う。

この20~30年で室内リンクの整備が進んだこともあり、校庭の自前リンクは少なくなった。時代の流れとはいえ、寒い屋外リンクを嫌がる子供も増えているという。もちろん天候に左右されない室内リンクは競技力向上に必要だが、自然の恵みや支えてくれる地域の人々に感謝し、思い思いに遊んで練習もできた校庭のリンクが消えていくのは、やっぱり残念だ。

あのリンクを中心に地域の輪みたいなものが広がっていた。ささやかながら、今で言うところの総合型地域スポーツクラブの理念を実現していたいのだと思う。スポーツは競技者のためのものではない。2020年オリンピック・パラリンピックを通じ、日本人にどんなスポーツの価値を見つけるのだろうか。

(日本スケート連盟会長)

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