五輪は一つの通過点

朝刊 2014/03/04 11版 スポートピア

先月25日、ソチ五輪から帰国した成田空港で大勢の皆さんの出迎えを受けたときは、胸をなで下ろす思いだった。たくさんの笑顔を見て、何とか期待に応えることができたかなと思った。

当初心配されたテロの問題もなく、大会はスムーズに運営された。日ごろの成果を存分に発揮できる環境を与えられ、日本選手も頑張ってくれた。目標にしたメダル10個には届かなかったが、金1、銀4、銅3の計8個のメダルは海外の冬季大会としては過去最多。ただ、私の出身競技であるスピードスケートをはじめ、反省しなければいけないこともある。

ソチ五輪では、スノーボードやフリースタイルスキーなどの歴史浅い種目から、ジャンプといった伝統競技まで幅広く活躍してくれた。日本のスポーツの裾野の広さを表していると思う。近年はスキー人口の減少やスケートリンクの閉鎖が続き、ウインタースポーツを取り巻く環境は厳しい。今日の日本選手の活躍で、冬のスポーツの魅力を再確認した人が一人でも多く、ゲレンデやスケート場に戻ってくれたらうれしい。

多様性という点では、日本選手の年齢層もそうだった。選手団最年少だった15歳、スノーボードの平野歩夢選手からジャンプの41歳、葛西紀明選手まで幅広い年代のメダリストが生まれた。選手が歩んできた背景はそれぞれだが、彼らは経験の有無や年齢が言い訳にならないことを証明した。

大会前に期待されながらメダルに届かなかった選手もいる。でも、そうした選手を失敗したとは思っていない。もちろん、戦う以上は勝利を目指しているが、世界中のアスリートが4年間ため込んできた思いを五輪にぶつけてくる。必ずしも強い者が勝つとは限らないのが五輪である。

冬夏合わせて7度、五輪に出させてもらった自分の経験から言えば、人生において五輪は一つの通過点でしかない。己の限界まで挑戦できた選手は悔いを残さないし、素直に勝者をたたえることができる。その思いは選手一人ひとりの胸の中にあるだろう。

4年間、つらく厳しいトレーニングを重ねても、白黒は一瞬でついてしまうのが勝負の世界。やるせない思いを抱え込む敗北に直面したときにどう振る舞えるか、応援してくれた人や支えてくれた人はそこも見ているはずだ。「スポーツの力」は勝利のパワーばかりでないと思っている。その意味でも、ソチで日本の選手たちは立派に振る舞ってくれた。

選手団長、そして日本オリンピック委員会(JOC)選手強化本部長としては今後への宿題も頂いたが、選手はそれぞれ全力で戦い抜いた。皆さんが彼らの姿にパワーをもらい、子供たちが「将来は自分も」とスポーツを志してくれたら、オリンピック冥利につきる。

(日本スケート連盟会長)

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